そらをとぶような
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今日はがつんと。


なのでたたみます。
そして今日も相変わらず長いです。






私は結構自分の好きなものがはっきりしていて
プレゼントとかよく敬遠されるタイプです笑
(趣味がうるさそうだから嫌なんだってー。何でもいいのに)


それと同時に
自分の作ったものや持ち物など自分の周りのものに
すごく愛着というか、執着があります。
自分は大好きなものに囲まれて 幸せな生活をしているのだと思っていました。

でも、もしかしてそれは
逆に私自身を縛っていることにならないのだろうか?
むむ。



石けんを作っていく上で
絶対に譲れないものがありました。
これが私のポリシーで、これが守れないなら私の石けんではない 
なんて考えたり。

物を作って販売する人は、みんな何を考えているんだろう。
これを書いちゃうとね、もう本当に嫌な人みたいだけど
まあいいや。思い切って書いちゃおう。(いいの?)

石けんが好き、作ることが好き。
まあみんな根っこにはそれがあるだろうね。
でも私はそれに加えて、何かを作ることで生活を立てたかった。
そのためにはもっと石けんが売れて、有名になる必要があった。

だから(販売をしている人に)真似をされたと感じると
憤然やるかたないって感じですよ。
だって私の商品だもん。
私が考えたんだもん。
どうして真似するの?そんなのおかしいでしょ。
そんなことしたら、私の商品売れなくなっちゃうよって。


今後の販売の方針について考えている時
一番悩んだのがイベントへの参加についてでした。
作る意欲が薄くなっているのに、イベントの参加について迷っているのは
他の誰かに参加されてしまったら嫌だという気持ちでした。
愕然。

あれ?
自分がやりたいのではなくて
他の人にやられてしまうのが嫌だから私がやる、なの?

そんな気持ちでは何をしても、何を作っても愉しいはずはない。
あさましいな、私。

確かに人と競い合うということは原動力のひとつにもなっていて
その負けん気みたいなものが必要になることもあるでしょう。
かつての私は「もっともっと」という気持ちが強くて
そんな気持ちで自分を鼓舞しながら
「目標」であるところの自分に近づける努力をしていました。


作っているときが一番幸せで愉しい
自分の気持ちに正直に、作りたいと思ったときだけ作ってます


そんな言葉が大嫌いでした。
うそだ!愉しいだけじゃやっていけないよ。
なんてちょっと斜に構えてみていたのかもしれません。

今でもこの言葉は好きではないですが
なんだろ、今までとはちょっと違って。
本当はそんな風に心から思える人が羨ましかったのかもしれない。
だからそんなのはうそだと思うことで
自分を肯定したかったとか?



誰かを羨む気持ちとか
あせる気持ち
ねたみやそねみ
そんな気持ちがおこるのは私が自分が作った石けんに対して
ものすごく執着しているから。
この執着というのは慈しむのとはまた違って
なんだろ、やっぱり「執着」なんだよね。
必要ないのに。

そんな執着ならもう捨ててしまえと思った。
もういらないよ。


これは何も石けんだけではなくて
例えば私は自分のうちや住んでいるところがとても好きでこれもまさに執着なんだけど
だから放射能の問題で引越しをしなければいけない なんてことになると
すごくつらい。ここが好きで引越しなんかしたくないから。そんなの絶対嫌だ。
でもそうじゃなくて、この場所や家に対するこだわりを
ある日ぽろっと捨ててみたら、とっても楽になった。
私が私である限り、どこにいってもきっと大丈夫だろうと。
執着するのは家や場所じゃなくて
私自身でいいのだと。


私は普段からカバンがいつもパンパンになるくらい
たくさんの物を持ち歩いている。
それがいかに自分を疲れさせているか
自分を窮屈にしているか
窮屈にしている物が、実は自分の好きなものであったことにやっと気がついた


だから
真似されてもいいのだ(ちょっと嫌だけど)
有名になれなくてもいいのだ(うん、これはいい)
いつ引っ越してもいい(まだ引っ越したくない)

って全然だめだけど
そして思うだけで実行できれば苦労ないよ!って感じだけど
私のは「こだわり」じゃなくて「執着」で
それを捨ててしまえばいいんだ ということに気がつけただけでよしとしよう。


手放せるかな。
気がついたことで、何か変わるかな。

それはまだわからなくて、まだ何くそ!と思うこともあると思うし
でもそんな気持ちも少しずつ少なくなって
いろんな事から自由になれたらいいなあと思う。
いや、もう私自由だよ。
まさに空を飛ぶような、である。


ふふ。
あーすっきりした。
私ここまで書いちゃってもいいものかしらね?
最近もんもんと考えることをここに書いて発散している気がする。
そして自分がすっきりしているのだから、まあいいか。
読む人は長くて疲れちゃうよね、ごめんなさい。


ところで疑問に思うことがあるんだけど
例えばものを作って、販売にかかわっていて
それでも「愉しい」だけでやっていけるものなの?
そんな天女みたいなことは本当に可能?
「それだけで幸せなんです。 うふふ。はあと」みたいな人は本当に実在するの?
(いや、本当にわからないんですって)

いつかそんな気持ちになれるのだろうか。
そんなになれたら楽だろうなあ。
天女にはなれなくてもいいから
はあと ぐらいにはなってみたいもんだ。


そうそう だからプレゼントは何でもいいのですよ。
だってもう手放したのだから。はあと。





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by rucysoap | 2011-09-20 02:15 | その他雑記
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